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甲府地方裁判所 平成5年(わ)266号 判決

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和四八年三月に山梨県内の高校を卒業して静岡県清水市に本社を置く甲野株式会社に就職し、同社の甲府支店に勤務し、昭和五七年ころからは大型車の販売を担当するようになつたが、昭和五九年八月からは同社の一部が独立した山梨乙山自動車株式会社(以下「山梨乙山」という。)に移籍して引続いて大型車販売の営業社員として勤務し、この間、昭和五三年には結婚して、夫婦と子供二人、実母を含む五人で生活して来たが、昭和六三年ころから、その担当する大型車両の販売実績を上げて、職場での評価を得ようという虚栄心と安易な営業姿勢から、独断で、通常の取引範囲を越えた値引販売、見込発注、取引実績がないため代金回収の不確実な者への得意先の名前を使用しての掛売販売や架空販売等を繰り返したため、帳簿上は売上処理がなされているものの、現実には入金のない未収金が蓄積していたが、これを上司に打ち明けず、その穴埋めのため顧客から集金した代金の流用や、実母や知人から多額の借財を行つて自転車操業的に当座を凌ぐようになつていた。一方、平成四年二月ころから韓国人の愛人を、被告人名義で借りた家に住まわせるなど生活も乱れ、同年一〇月ころ、知人からの二〇〇〇万円に及び大口の借金返済にも苦慮し、同年一二月ころには、早急に処理しなければならない未収金のみで約三七〇〇万円に達し、翌年二月には、家族にこの未収金を打ち明け、同年三月、丙川信用金庫山城支店から、自己名義の土地及び実母名義の建物を担保に、総額三五〇〇万円の融資を受けてこれに充当することとしたが、その他にも家族に打ち明けることのできなかつた未収金及び借金があつたため、更に、同年四月一〇日、叔父から二〇〇〇万円を借り受けたものの未収金の穴埋め及び借金の返済が追いつかず、同年の盆前には一億円以上を用意しなければならない状況に追い込まれていて、同年七月に入つてからは、一攫千金を夢見て銀行強盗や現金輸送車襲撃、或いはみのしろ金目的誘拐を行うことを真剣に考えるようになり、同月一二日には犯行に供する脅しの道具としてモデルガンを購入し、犯行内容につき検討を重ねていたが、同年八月になると借金返済の催促が厳しくなり、ついに同月八日の夜、銀行強盗、現金輸送車襲撃は困難であることから、みのしろ金目的誘拐を行うこととし、その内容については、雑誌の取材を装つて女子の金融機関職員を誘拐して、金融機関に対しみのしろ金を要求し、被拐取者については、殺害の手段・場所こそ具体的に決めてはいなかつたものの、金融機関職員を誘拐する以上自己の身元の割れないようこれを殺害することも考えて、翌九日にみのしろ金目的誘拐を行う決意をしたが、九日には所用のため誘拐に着手することができず、あらためて、同月一〇日誘拐を決行することとし、同日午後二時ころ、電話料金の振込等を理由に山梨県甲府市《番地略》所在の丙川信用金庫大里支店を訪れ、窓口で応対した同支店窓口係A子(当時一九年)の名前を記銘して、同人を誘拐の対象とすることとし、同日午後二時四五分ころ、同金庫本店総合企画部情報相談室主任Bに架電し、雑誌記者を装い雑誌の取材のため右A子を取材したい旨告げ、次いで、同日午後四時ころ、同様に同金庫大里支店に架電し、支店長Cに対し右A子を取材することの承諾を得た。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  多額の借金の返済に窮し、雑誌の取材名下に前記丙川信用金庫大里支店職員である前記A子を誘い出して誘拐し、その安否を憂慮する同金庫関係者から、その憂慮に乗じてみのしろ金を交付させようと企て、平成五年八月一〇日午後四時二六分ころ、山梨県甲府市《番地略》先路上に駐車中の普通乗用自動車内から携帯電話を用い雑誌記者を装つて、同支店に電話をかけ、右A子に対し、「支店長から連絡があつたと思うが、雑誌の取材のため同日午後六時に小瀬スポーツ公園に来てもらいたい。」旨言葉巧みに申し向け、その旨誤信した同人を同市小瀬町八四〇番地所在の小瀬スポーツ公園に誘い出し、同日午後六時三〇分ころ、同人を被告人の運転する普通乗用自動車の助手席に乗車させ、同所から同県東八代郡中道町方面に向け右自動車を走行させて自己の支配下に置き、もつて、みのしろ金を交付させる目的で同人を誘拐したうえ、翌一一日午前八時二〇分ころから午後四時五二分ころまでの間、前後七回にわたり、同県甲府市《番地略》所在の山梨乙山駐車場に駐車中の前記車両内他五か所から同支店他二か所に携帯電話を用いて電話をかけ、前記支店長Cに対し、「お宅の職員を預かつている。四五〇〇万円用意しろ。」「現金を持つて珈琲待夢で待つていろ。」「登り坂石油の事務所で待つていろ。」「中央道上り線一〇四キロポストから現金を柵の外に投げ捨てろ。」「現金確認後、A子さんはすぐ渡す。信用できないなら、この話はなかつたことにしよう。」などと申し向けて、みのしろ金についての指示を受ける場所を次々と変更しながら、みのしろ金受け渡し場所として、同県東八代郡境川村藤垈地内中央自動車道西宮線上り線高井戸基点一〇四キロポスト標職付近のフェンス横を指示し、もつて、右A子の安否を憂慮する右Cらの憂慮に乗じて財物を要求する行為をし

第二  同月一〇日午後八時ころ、同県甲府市《番地略》D男方の南方約一〇〇メートルの濁川土手に駐車中の前記車両内において、前記A子が被告人の不審な言動から詐言をもつて誘拐されたことに気付いて騒ぎ出し、これを制止することが容易でなかつたことから、咄嗟に、同人がみのしろ金獲得の障害とならぬよう、即時同所で殺害することを決意し、その鼻口部を所携のタオルで閉塞して右手で強く押さえ付け、よつて、そのころ同所において、同人を口周辺部圧迫による一次性外傷性ショックにより死亡させて殺害し

第三  同月一一日午前零時ころ、同県中巨摩郡玉穂町《番地略》E方の南方約一〇〇メートルの笛吹川土手から、同河川に前記A子の死体を投棄してこれを遺棄し

たものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行後、未だ官に発覚する前に捜査機関に自首したものである旨主張するので検討する。

証人Fの当公判廷における供述、第三回公判調書中の証人G子、第四回公判調書中の証人Fの各供述部分及び前掲各証拠によれば、平成五年八月一一日以降、山梨県警察南甲府警察署に総勢約二二〇名からなる捜査本部が設置されて犯人の割り出しに当り、誘い出しや、みのしろ金要求の電話は携帯電話によるものであること、これと指定連絡場所への出入り客及びその客の中での携帯電話利用可能者などを絞り込む捜査により五、六名の捜査対象者に絞り込み、同月一六日、特命班が四、五班構成され、それぞれの特命班がそれぞれ絞り込んだ容疑者に対する捜査を行つていたこと、山梨乙山班は、総勢五名で、山梨乙山の社員を対象者として、山梨乙山の管理部長を訪問するなどして携帯電話を利用し得る者などの聴取や、同月一七日、山梨乙山と取引関係のある会社の経営者の妻に対し、山梨乙山の営業部長とその周辺の者の同月十、十一日両日の行動を内偵するよう依頼したこと、同月一八日、右経営者の妻に本件みのしろ金要求電話の録音テープを再録音したものを聞かせたところ、同人は、その声が山梨乙山の営業部員である被告人の声に似ていることや被告人に対し営業部長の動向を尋ねる電話をしたところ、その後被告人から自分も丙川信用金庫と取引があり、指定連絡場所の喫茶店にも出入りしているから俺は間違いなく疑われる旨の不審な言動があつたとの情報を得て、被告人が容疑者の一人として捜査線上に浮かび上がつたこと、同月一八日夕方の時点では同班の担当する容疑者以外に、新たに二名位が容疑者として捜査の対象となり、これらに対する捜査も並行して行われていたこと、同班は、同月一九日、被告人所有車両について捜査したところ、みのしろ金授受現場と指定した付近で当時張り込み中の捜査官が同車両を現認していたことも判明し、また、被告人に韓国人の愛人があることもあつて、被告人に対する嫌疑が高まり、爾後被告人の任意同行はしないものの行動を監視することとなり、同月二〇日朝被告人が山梨乙山に出勤したのを確認したが、同日夜には被告人は帰宅せず、被告人の所在が確認できなくなつてしまつたこと、同班は、被告人の韓国への逃亡を疑い法務省に対し出入国の照会をしようとしたが、土曜日のため正規な方法では照会できず、簡便な方法も検討したが結局照会できたのは同月二三日になつてしまつたこと、同月二二日の時点では容疑者として具体的に捜査線上に残つているのはほぼ被告人のみとなり、同月二三日には所在不明が三日間に及ぶことから、被告人に対する嫌疑を更に深め、前記取引会社の経営者とその妻に本件みのしろ金要求電話の録音テープを再度聞かせて確認したところ、被告人の声に間違いない旨告げられ、捜査本部長にその旨報告し、約二〇名の捜査員の増員を得て、捜査本部長から被告人の所在が確認でき次第任意同行するよう指示を受けたこと、被告人は同月二一日密かに韓国に出国したが捜査が自己の身辺に迫つていて逃げきれないことと、知人の説得もあつて同月二三日帰国して知人を介して警察に連絡したうえ、同月二四日早朝警察に出頭したものであるが、捜査機関は、被告人が右出頭した時点において、被告人が犯人であると認める情況証拠はあるものの直接決めつける証拠としては不足していたことと、共犯者の有無について疑念を有していたことから他の捜査も続行しており、同月二〇日には本件みのしろ金要求電話の録音テープを、同月二二日には最終的には本件と無関係とされた不審者の似顔絵をそれぞれ一般に公開して捜査を行つていたことが認められる。

右認定の事実によれば、被告人が警察に出頭した同月二四日早朝の時点において、捜査機関は、既に右認定の情況証拠から、共犯者の有無についての疑念を残しながらも、被告人が犯人であることについて高度の嫌疑を抱いて捜査していたものであつて、犯人であることが発覚する前に被告人が出頭して犯罪を申告したものとは認められないから、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為から、みのしろ金目的誘拐の点は刑法二二五条ノ二の一項に、拐取者みのしろ金要求の点は同条二項に、判示第二の所為は同法一九九条に、判示第三の所為は同法第一九〇条にそれぞれ該当するところ、右のみのしろ金目的誘拐と拐取者みのしろ金要求との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い拐取者みのしろ金要求の罪の刑で処断することとし、判示第一及び第二の罪について所定刑中いずれも無期懲役刑を選択し、判示各罪は同法四五条前段の併合罪であるが、そのうちの一罪につき無期懲役刑に処すべき場合であるから、同法四六条二項本文、一〇条により犯情の重い殺人罪の無期懲役刑により処断することとして他の刑を科さず、被告人を無期懲役刑に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

被告人の本件犯行は、販売実績を上げ、職場の評価を得ようとして、独断で無理な営業活動を行い、その結果多額の未収金が発生し、更に、これを糊塗するため回収代金の流用、架空契約や多額の借金をし、これら支払に窮したことが契機となつたものであり、早期に見栄を捨て家族や職場で正しく事実を打ち明けて謝罪し、協力を頼めば解決の道が開けた可能性も十分あつたのにこれをせず、返済の当てもなく借金を重ね、自転車操業的に辻褄合わせを続け、犯行直前には未収金と借金の合計が約一億円に近くなり、返済の催促が厳しくなつていたのに、この時点においても、直摯な相談等をして破産等の措置を選択することもなく、一攫千金を狙つて他人の犠牲の下にこれを解決しようとしたものであつて、自己中心的な動機には何ら同情の余地はない。

本件誘拐の態様は、多少とも優越感を持ち易く、拒否され難い雑誌の取材を装い、金融機関の本店と支店の了解を得た上で、金融機関に勤務する被害者に架電し、被害者にその職務の一環と誤信させて誘い出すという、計画的かつ巧妙なものであり、また、被告人は、本件犯行当日まで被害者と面識がなく、金融機関窓口で被害者の着用するネームプレートを見て被害者の名前を知り、被害者を選んだものであつて、無差別なものである。

本件殺害について、被告人は、漠然とながら犯行に着手する以前から、女子金融機関職員を誘拐する以上、自己の身元の割れないよう被拐取者を殺害することをも考えていたものであつて、借金等に追われていたとはいえ、日常生活及び仕事を継続していた時点において、かかる考えに至つたことは、被告人の内面に隠された危険かつ反社会的な人格が潜んでいたことが窺われ、誘拐に着手した後も、被拐取者と言葉を交わし、その人となりにふれて人間としての感情を呼び起こし、犯行を思い止まる機会も少なからずあつたと思われるのに殺害の意思を変えることなく、助けを求める被害者に対し凶行に及んだものであつて、冷酷残忍なものである。

更に、本件みのしろ金要求の態様は、多額の現金獲得を容易ならしめるため金融機関を相手とし、被拐取者を殺害しておきながら、あたかもこれが生存するかのように装い、その安否を憂慮する金融機関関係者に対し四五〇〇万円という多額のみのしろ金を要求した卑劣なものであるばかりでなく、被告人は、完全犯罪を目論見、警察の追跡を免れるため、自動車内から携帯電話を用いて、自ら移動しつつ、みのしろ金運搬者に指示して、これをも転々と移動させて、身元を隠し、みのしろ金運搬者との接触を避けるため、これに高速道路から道路外に現金四五〇〇万円を投棄させて立ち去らせ、高速道路の側道から右現金を回収する方法を考えつくなど、結果的に失敗したとはいえ、みのしろ金獲得については、計画的、巧妙かつ危険極まりない犯行であると言わざるを得ない。

一方、本件で殺害された被害者は、平成五年三月に高校を卒業した後、同年四月に山梨県内の著名な金融機関に就職し、窓口業務に就いて日が浅く、希望と自信に胸をふくらませながら仕事に励んでいた当時一九歳の健康で明るい女子職員であり、たまたま、犯行当日窓口で被告人に応対したことから、被害者となつたものであり、被告人が被害者に架電して呼び出す以前に周到に金融機関本店及び被害者の勤務する支店の支店長に取材依頼をしていたことから、金融機関上司の指示を仰いで行動したにも拘らず、本件被害に遭つたものであつて、何ら落ち度は無く、春秋に富む生命を奪われるに至つたものであり、一週間後変わり果てた姿となつて富士川河川敷に打ち上げられているところを発見された被害者の無念はもとより、これを育み、ようやく将来の展望も開けた矢先に本件犯行によりこの光を失つた遺族の悲嘆と怒りは筆舌に尽くせないものがあると察せられる。

また、本件が多額の現金を取扱う金融機関を狙うことによる利便性、自動車、携帯電話、高速道路の特性などを利用することによる犯罪の成功の可能性などを考えれば、計画的かつ巧妙、冷酷無比な犯行であつて、模倣性が強く、社会一般に与えた衝撃と影響は大であり、犯行の動機に同情の余地がなく、その結果は人命を奪う重大なものであつて、被告人の刑事責任は極めて重大であると言わなければならない。

しかしながら、被告人は、法律上の自首は成立せず、また追求を逃れられないという動機はあるとしても、自己の非を認め捜査機関に自ら出頭し、本件犯行内容を詳細に供述していること、被告人の仕事ぶりに本件犯行の原因があり、女性関係などの問題点があるとはいえ、被告人には前科前歴がなく、高校卒業後実質的に同一企業で継続して勤務し続け、一応平穏な家庭を築いていたこと、自己の罪責を深く反省していることなど諸般の事情を考慮すれば、その刑事責任の重大であることは前述のとおりであり法と正義の名による極刑も十分考慮に値するものではあるが、被告人に重罪犯としての枷を背負わせ終身被害者の冥福を祈らせつつ贖罪の道を歩ませることも法であり、正義であると信じ主文のとおり無期懲役刑を選択したものである。

出席した検察官・鶴田小夜子、山口英幸

(弁護人・関 二三雄)

(求刑・死刑)

(裁判長裁判官 三浦 力 裁判官 高木順子 裁判官 西崎健児)

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